ふつうにっき

nomuch2008-07-29

あー今日はダメな日だー、あー、もう、頭おかしいかもって思うよね、たまに。というか、頭がおかしいのはもはや逃れようのない事実で、それをどれだけ忘れていられるかの問題。今日はそれを忘れていられない日だったので頭がおかしかった。
電車で、優先席で、ギャルが通話していて、むかいに座っていたおっさんが「うるせえんだよ電話やめろ!優先席だろうが!」とガラスをたたきながら言った。ギャルは「ごめん切るわ、怒られたー」といって切った。べつにそれだけ。
おっさんが正論だとか、ギャルのふるまいがどうかとか、それはどうでもよくて。
そういうね、刺激(これは刺激です)を楽しいと思う自分がいるんですよ。スリルがあって。そんなにも毎日つまらない日を過ごしているのか。そんなことはないでしょう。でも、何千年とさかのぼれば、狩猟採集弱肉強食で、数日後生きてるかどうかわからない世界で、スリル(というと楽しそうな言葉になってしまうけど、純粋な意味での緊張感)があった。その後も、たぶん戦前戦中くらいまでは、狩猟採集時代ほどじゃないとしても、今よりはかなり緊張感があったと思うんですよね。もっと世の中危険だったんじゃないかとおもうんです。
今は少なくともそういう世界じゃなくて、よっぽどのことがないかぎり大半の日本人は一年後も生きていそうです。だからそういう、昔の生の感覚というか、生死の境目みたいなものをみんなうっすら求めてるんじゃないかなーと思いました。考え方がちょっとオカルティックです。だから頭おかしいんだってば。
これは通り魔事件がたくさん起きていることとは関係なくて、通り魔事件の報道がすごく多くなって扱いが派手になっていることと関係あるような気がする。統計だと殺人事件は昔の方が圧倒的に多かったそうですけど、いまのほうが多く感じますもんね。昔は細かな事件はいちいち報道しなかったんでしょうね。あんまり意味ないし。そんな報道よりたぶん政治経済の方が大事だとおもうけど、視聴率取れないしね。わたしも政治経済に興味ないし。みんなこういうほうに流れるもんなのかなあ。
などと、むくれるギャルを見ながら思いました。(むくれるは方言らしいですね)
きょうは仕事のために映画を借りてきたので、これから映画を観ます。あと、きのうは、前のタモリ倶楽部でタモさん(愛すべき)が作っていたタモリ流・豚のしょうが焼きを作ってみたので、それを食べます。食べながら観ます。映画を観るのはそんなに好きじゃない。
映画を観るのがそんなに好きじゃないことについても書こうかと思ってたんだけど、上のオカルト駄文が長くなっちゃったからやめましょう。


しゃしん:筆文字がすてき。石岡駅廃線だからいまはもうない。