感傷にっき

私にとって、なんでか美容室は特別なところで。
ほんとに、ライトオンだのジーンズメイトに入るのすらビクビクしていたというひどい中高時代を経ていて、いまだに服を買うことにはビビりがつきものなのだけど、こと美容室に関することについては特にためらいがないというか、絶大な自信を持って選んできたというか。たとえばよくあるエピソード「持ってこられる雑誌のテイストが合わない」だの「お仕事何されてるんですかぁ〜?」みたいな通りいっぺんの世間話が苦痛だの、そういった目に遭ったことが一度もない。
私が選んだ美容室は、良い。上京以来美容室には3軒しか行ってない。私が選んだお店の美容師さんは、私のもとに変な雑誌なんかまず持ってこない。世間話は、しないわけじゃない、むしろかなりフレンドリー、だけどとても具合の良いフレンドリーさで。生産的と言ってもいいほどの会話が楽しめる。基本的に人見知りであると自覚しているはずの私が、美容室ではわりとするすると話ができる。自分でそういうところを選び取ってきたという自信が妙にある。
東京に来て初めて行ったのは、当時住んでたつつじヶ丘駅そばの某店。
ここはまず、オシャレさのかけらもなかった当時の私としてはちょうどよい選択だった気がする。そこに行くのをやめてしまった理由は、大したことないので省略。今回書きたいのはその次の話で。
この件については、じつは、消してしまった例のブログで書いていた。
例のブログでは、意図的に文体をややかわいげに設定していたのでいま再録するのが恥ずかしいですが、過去ログを探し当てたのでちょっとだけ改変して載せてみて懐かしみます。

今かよっている美容室(註:3軒目。2013年現在もかよってる)のひとは、私の過去なんて知りません。ばらしてもいいんだけど特に言う必要もないし。
その前に通っていたお店はまず外観のシンプルさがすごく気に入ったのだけど、窓がほとんどないから店の中がぜんぜん見えない。小窓からちょっとのぞいたら金髪の人がチラッと見えたので、いちおう若い人がやってるんだな、少なくともおばちゃん向けの店じゃないな、と安心して例によってアポなしで突入。
そしたら、金髪のおばちゃんでした。
でも、ここは本当にいいところでした。
金髪のおばちゃん(おばちゃんなんて呼んだら怒られるかもな…)といつも前髪をかっこよく固めている小太りのおっちゃんという2人(たぶん夫婦。でも別姓)でやっている。
お客が私しかいなかったとき、私がおばちゃんにカットしてもらっているあいだたいくつなおっちゃんは「オレちょっとでかけてくるわ」とふらっと出ていき、しばらくしてCDを買って帰ってきたのです。
そして、タバコをふかしながらお店のコンポでそのCD(たぶん古いUSロック)を大きく流しはじめ、「おお。これいいな」とご満悦。
しかし1曲も終わらないうちに、おばちゃんは「うるさい」と言ってCDを消してしまいました。おっちゃんは「いいじゃねーかよ…」なんて言いながら、またふらふらでかけてしまった。
こんなやりとりをお客さんの前でふつうにしてる店でした。
すてきだったなあ。お客さんもちょっと変わった人が多かったし。
しかし、なぜここに行かなくなってしまったか、ね。
私、ここに通い始めたころは、まだオトコやってました。それでもわりと女っぽい髪を希望するものだから、おばちゃんが冗談で「能町クンってべつにオトコが好きってわけじゃないんでしょ?」と聞いてきたことがあるんです。
私は当時ほんとうに自覚がなかったから(註:いま思えば自覚がゼロだったわけじゃないと思う。恋愛に関してはおそらく無性的だと自覚してた)笑いながら「ちがいますよー」と答え、おばちゃんは「ああそう。よかったー」なんてやりとりをしてたんです、よ。
このやりとりが心に引っかかってて、オンナになってから行けなくなっちまった。まったく何の連絡もせず、いきなり行くのをやめて店を今のところに変えた。
あのステキな夫婦がそんな些細なこと気にしないってことは分かってるんだけど、やっぱり、性別変えてから会うというのは勇気がいるもんです。
いつかは行こうって思ってます。好きだし。
いちおうあやまっとく。おばちゃんなんて書いてごめんなさい、Yさん。

この記事を書いたのがもう7年も前。
この、おっちゃんのほうが亡くなっていたことを知りました。
おっちゃんはタバコもポカポカ吸うし、おなかがたっぷりと出てかなり張っていたし、 陽気だけどきっと生活は健康ではないよなあと10年前にも思っていたけれど、おそらくそこまでトシがいってるわけでもなく。
私はショックなのです。
ショックなのです。後悔しているんです。
いつかは行こうって思ってます、好きだし、なんて書いてるけど、行かなかったんだ、結局。違う美容室に行きつけになっちゃったしさ。
とっても大好きな場所だったんだけどさ。
私はおっちゃんから、むかーしの「アサヒカメラ」の雑誌をもらって。それが本当にステキでね。今も取ってあって。一度たまたま見せられて、私が興味を示したら、ああ、こういうの好きなの?じゃあ次来たとき用意しとくから、あげるよなんて言われて、何冊かもらっちゃったりして。それでちょっと火がついてオークションで昔のカメラ雑誌何冊も集めてみたりして。
去年亡くなったって。
私が例のブログでこの美容室について書いたとき、さすがにこれはお店特定できちゃうだろうなとは思ってたんだけど、まあ特定されてもいいやと思って書いてたんだけど、案の定、ブログ読者で分かった方がいたようで、そのお客さんが最近、能町って人のブログでここの話らしきことが出てたんですよと、おばちゃん(←って全く当時の私はずいぶん失礼なもんだな。おばちゃんって呼び方はないと思うよ…。Yさんとします)に世間話で何気なく言ったところ、どんな人なのかという話になり、その人が画像検索し、私の顔が出て、Yさんは、ああ、この子!って。覚えてたんだって。こんな活躍してるんだ、よかった、山ちゃん(おっちゃん)にも教えてあげたかったって喜んだんだって。ちょっとうるっとしてたんだって。
だから私は、ふらっと、ほら、平気なんだろうよ虚勢をいつも張ってるんだから、どこに出るのも平気だと思ってるんだろうよ、だったら去年あたりにでも行けばよかったんだ。
私は別にいやになって行かなくなったわけじゃなくて。本当に大好きだったんです。前のブログで書いたようなこともたしかに引っかかってたけど、当時は生活をぜんぶ変えちゃえって思って何でも一度捨てちゃえと思っていた節もあって。なにも言わず行かなくなっちゃったことはずっと引っかかっていて。
ストレス溜めてスーツを着てしょうもない仕事をしていた私が自由になって、こんなふうに楽しくお仕事してますよということを堂々と10年越しに見せに行けばよかった。
でも私はいまの美容室も好きだ。ステキな美容室に出会いすぎてやるせない。どっちも大好き。どっちにも通いたい。
久しぶりに長々と計画性もなく書こうと思ったらこの場所になった。