追悼しない

迷ったけど、中途半端に140字を連発して真意が伝わらないのが嫌なので、別の箇所に書いたものをここに転載する。

思い出などは特に書かない。自分のためだけにわがままな文を書く。

腹が立つ気持ちと、悲しい気持ちと、恐怖がかわるがわる訪れる。忙しい。気持ちだけで大変なので仕事などできない、と思いながらちゃんとギリギリのことはやっているので、自分の鈍感さを頼もしく感じながらも憂う。毎日15回くらい泣いている。昨日も起きていきなり泣いてびっくりした。今も泣いている。

昨日は人との仕事が終わったあともう何をしたらいいかわからず、国会図書館からなんとなく歩いた。歩いたら文藝春秋に着き、ホテルニューオータニの華やかな光の前を通り、土手に上って真っ暗な道を歩き、四ツ谷にたどりつき、四ツ谷のロンに初めて入った。喫煙可の表示を見て、思いつきで、吸わないタバコを買って来て吸った。強いものをやっても定着しないだろうと思って、弱めのメンソール入りのを買って、立て続けに3本吸った。鼻がツンとした。かわいらしくミルクセーキをたのんで、本も何も持っていなかったので、ネットで「本でいただく心の栄養」を読んで気になった本を心に留めた。

タバコを吸うという悪ぶり方がいかにも小者らしくてよいと我ながら思い、タトゥーについても調べていた。私が蛇が好きだということについて、似合うといって彼女は喜んでくれて、私はものの拍子に「タトゥーを入れるなら蛇がいい」と言ったことがあった。それもまた非常にチンケな悪ぶり方でなかなか上出来だと思うが、さすがに実行には移さないかもしれない。あとはピアスを増やすくらいだろうか。非常にチンケだ。

ロンが閉まるので出た。また新宿に向かって歩いた。本人の思い出の場所とか本人の著作とかはどうでもよい。そんな近い場所に行ったら終わってしまうように思ったので遠いところをさまよいたかったがどこだか思いつかなかった。途中でどうしても誰か欲しくなったので、唐突に昔好きだった人に電話してしまう。突然だけど飲みませんかと言ったが、仕事でどうしようもなさそうで、優しく断られた。

紀伊国屋書店に行って、さっき調べた本を2冊買った。伊藤野枝島尾ミホ、頭おかしいほど強く生きた人の本である。そしてまた裏を彷徨ったらバンという奥深いところにある喫茶店を見つけたので、そこでまたタバコを吸いながら伊藤野枝の本を読んだ。

バンも閉まったので9時、まだ混んでない時間だろうと思って星男に行ったらびっしり混んでいた。しかしとりあえずそこで飲む。関係のない人と飲むと当然関係のない話になる。少し気がまぎれる。まぎれるが、もちろん何も知らずに初対面で私に話しかけてきた人がいて、その人との対話が長引き少しずつ嫌になって来た。私も話したい。吐き出したい。胃液を吐くように話したい。でも私が話す相手は何も知らないこの人ではない。日本酒を二合。

私は眠いふりをしてほとんど黙った。移動する元気もなくもう一時間も眠いふりを続けた。その人が帰るといい、私に「もう(眠気が)限界ですか」と言って笑ったので耐えられなくなり、当たり散らしたが、理由がないので、「こっちは機嫌が悪いんだよ!」と怒鳴り、まったく関係のないさっきの会話の内容について大きな声で怒った。「白鵬の立ち合いがどうとか相撲のことで私を論破しようとすんじゃねえよ!」本当にどうでもいいことを怒ってものすごく間抜けになった。そしてすぐ泣いて、「すいませんそういうことじゃないです。ごめんなさい」と謝って、もう意味が分からない。大して酔ってもいないのに数秒で感情が上下するヤベぇ奴になっていた。その人はオロオロして謝って来た。悪いことをした。

それで少し緊張の糸が切れてしまい、よく言えばリラックスにもなり、ずっと故人の悪口を言いつづけた。生きていたときに、生き方や作品に嫉妬こそあれ、悪口を言いたいと思ったことなどなかったが、いまはもうタンクにいっぱい悪口しかない。事故死だと。ふざけるな。ちょっと背伸びして生きるのが楽しい、開き直れた今のほうがいい、という態度を示していた人が死んだら今まで言ってたことがすべてただの強がり、ただの虚飾、ただの無理、ただの嘘だということじゃないか。

つい最近、死ぬ死ぬと言って死ななかった人を二人で叱ったことがあった。もちろん死ななかったことを叱ったのではなく、こちらが真剣に抗議しているのに、それには真摯に対応せず、甘えに徹して「そんなに怒られるなら死にます」と自分の命を簡単に犠牲にしようとする態度を叱ったのである。

ともかく彼女は死ななかった。思えばそれは本当にいいことだ。ロクに話も聞かずぶざまに情けなく死ぬ死ぬと言って人に甘え、人に心配させて、死なない。すばらしい。真面目に生きて真摯に対応した末につらい気持ちを押さえ込みすぎ、たくさんの友人の思いに反して死んでしまう。ダサい。前者のほうが完全に、絶対に、マシであった。

向こうが私をどう思っていたかは知らん。数ある友人の一人ではあったと思う。連絡が来るのが遅かったことからしても、親友ではないと思う。私からも「親友」とは思っていなかった。彼女は凛としていたので私は会うときに気が引けた。とても楽しいんだけど、私自身が少し背伸びして会っていたようなところがある。親友と呼ぶのはおこがましい、憧れのように思っていた。それなのに、年下にもだいたい敬語で接する私が、なぜか年上の彼女にはほぼタメ口だった。不思議なバランスだった。こちらの背伸びに全く気づいていないようなところがあり、私もそこに甘えさせてもらっていた。

そして共闘しているようにも思っていた。彼女が陣頭指揮だとして、私は斜め後ろにいるうるさいだけの参謀でもチンピラでもいいが、そういう立ち位置にいるつもりでいた。陣頭指揮が何の方策も示さなくなったら子分はどうしたらいい。子分は私以外にも潜在的にものすごい数がいるんだよ。

悪口は火葬についての話に移り、私はイモラルな毒づきを続けた。葬式のときに葬儀場の人が故人についてポエム風に話すのが嫌だと言っていたのに、本人の火葬でも結局軽めにポエムを読まれていて、だせぇ、と思った。いきなり死ぬからこんなことになるんだ。死んだら思い通りになんかいかないんだ。何もないところで考えていると悔しさと腹立ちで涙が出てくるけど、棺に入った本人を見たら憎たらしさで涙も出ず、ずっと睨むことしかしなかった。手も合わせてやる気になれない。棺にお花をどうぞ、と差し出されたのも断った。やるものなんかない。棺に入れてあげたいものもない。顔のそばに、著書の「東京を生きる」が置いてあり、花で隠れて「生きる」とだけ見えて、いや死んでんじゃねえかよ、バカバカしい、嘘つき、と思った。みんなが綺麗な顔だとか言ってたが、口の中から綿が見えていて間抜けだった。ちっとも綺麗じゃなかった。

こういうようなことをずっと話していた。

周りで悲しんでる人にも腹が立って来た。しくしく泣いたり、顔に手を合わせたり、別れを惜しんだり、お前らはこんな状況になっても「大人」なのか、と煮えくり返っていた。病気で亡くなったならともかく、こんな、ゴムを伸ばしまくってたら突然バチンと切れたような死に方について何をお利口に悲しんでるんだ、ゴムを限界まで伸ばすという危ない行為を続けながら大丈夫だと言い張っていた本人に怒りはないのか。そういうところをごまかして故人を喪失したことだけを純粋に悲しむなんて器用すぎる。正解の顔をした人が雁首そろえてお別れに納得した涙を流していて、なんなんだこの世界はと思った。茶番だ。私は棺からいちばん遠くにいた。そして誰とも目を合わせたくなかったのでずっと俯いていて、あそこに誰が来たのかほとんど把握していない。焼香の時も手も合わせず、ひとつかみを投げつけて終わらせた。遺族にも挨拶していない。遺族ってなんだ。福岡の墓には入りたくないと言ってたけど、こんな早く死んでそれが実現できるのかよ。死んだら何もない。全部人まかせだ。

そんなことを話した。

歩いていても、要素に時々ぶつかる。好きだと言っていた宇多田ヒカルが流れて来たり、本屋に行ったときにオビに入ってる名前が目に入ったり。そのたびに「いない」ということを考える。いない世界になってしまって、いない世界からいる世界にはどうしても戻らない、ということを忘れるために、私は怒る。そうしたら怒る対象が生まれる。生まれる。怒りつづけないと生まれつづけない。悲しいだけになったらいなくなる。怒りつづけ、ときどきうっかり空白になったときに悲しんでしまい、イチからゼロになることへの恐怖にも襲われる。また目盛りを怒りに戻すようにする。

星男に人も少なくなり、深夜4時を回るまでいた。もう酒は途中から全く飲んでなくて、お茶ばかり飲んでいて、だから私は生きられる。体が無茶をしないようにできていて、どんどんつまらなくなってたくさん生きる。そういう決まりだと思う。タバコも定着しないのかもね、と思う。でも、タバコを吸うようになって、習慣づいて、禁煙しようとなって、それが成功するころには風化するんじゃないか、と思って始めたのだ。宗くんにも、大震災のようなものですら風化するんだよ?と不謹慎な励まされ方をした。

でも、もう店を出るころにだいぶ落ち着いて考えたら、今回のは人生でいちばん悲しいことだった。大震災も私個人には直接何かが降りかかったわけじゃなく、親もまだ死んでないし、たとえ親が死んだとしてもそれは年齢の順だからもう少し覚悟がある。この上を行く悲しいことが思いつかないと分かってしまった。

まだなるべく怒るようにしているけど、ここからのハンドル操作はよく分からない。

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