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感情的な文

読解力について。
あ、そんな大きな題名を出す前に、今日のにっき書く? 書くか。
昼くらいに起きて、自転車に乗って、仕事をして、今から帰ります。世界堂に行ってライトボックスを買ってしまいました。やったね☆ これでわたしも漫画家風情だ☆(あくまでも風情)
そう、それで、読解力について。
わたしは一応、自分がいろいろややこしく考えていることをなるべくほぐしてひもといて、できるだけ思ったことをそのままプリントアウトしたような結果にしたいと思って文を作っています。私としては、未熟な部分はもちろんあると思いますけど、一応もっとも正しく伝わる形で文を書いているつもりなんです。それなりに工夫をして。
しかし、こうして物を書いたりする業となってつくづく実感することは、他人の読解力ってこんなにもないのか!! ということです。
(いま私はかなり尊大な態度で文を書いています。それは自覚しています)
こうしていろいろ書いてきているから、自分の書いたものが批判されたり反論されたりということはよくあることです。でも、その大半が、そもそも文意がまるで伝わってないということに原因があるのです。
「いや、そもそもそんなこと私言ってないんだけど」とか「それはあえて皮肉で書いているのに、なんで本気で取るんだ」とか、歯がみする気持ちになる。たまにまっとうに批判されると逆にうれしいくらいです。
それで、今回こんなことを書いたのは、昨日の記事についたひとつのコメントがどうしても引っかかってしまったのです。それもまた「なんでこんなにも私の文の意図が伝わってないんだろう」という気持ちになったので、少し補足させてください。
まず、そもそもわたしは田舎に住みたいと一度も書いていません。単に東京から離れたところに住みたいと書いたはずで、そこが都会か田舎かは大きな問題ではないのです。わたしが東京から離れてみたいと思った理由は前のにっきに書いたとおりで、とても一言で言えるものではありません。
また、文を素直に読んでいただければ分かると思うのですが、都会なんてダメ! 田舎が最高! なんていうことはまったく語っていません。むしろ、便利だから人は都会に住むべきだ、田舎は不便だ、と書いたはずです。
こういうところがすべて伝わっていないのかと思うと、やるせなくなります。
そんなにも私の文が読まれていないのに、その「知人の子どもは田舎でいじめられた」「知人は田舎で無視された」という、ずいぶん狭い視点からの田舎批判(というか田舎生活の全否定)を聞くのは私の心のふるさとが穢されたようで、がまんがならなかった。
おとなげない。申しわけない。
コメント欄ってこうして消えていくものなのかもしれない。


しゃしん:小樽の山を越えた先の古い町

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