あついね

だいぶ間があいてしまった。
これは、単に書くことが特になかったからです。春になって私はこころよく怠けている(大好きな尾形亀之助さんの詩から引用。うろおぼえだからまちがえてるかもね。)
ここって、編集の方もたぶん見てるのでアレですけども、いちおう臆病な私は先にことわりをいれちゃおうかな、特定の編集さんのことを言ってるわけじゃないですからね! ただ、日ごろ思ってたことをふと書いてるだけですので気にしないで下さい! すいません!
文章を書くお仕事をしておりますと、当然、書いた文章に対して、担当編集さんから直しが入ることがあるわけです。
そもそも内容があまりよくない……という場合は、反省したり、反論したり、まあ、やりようがあるのでいいんです。あと、明らかな誤字。そりゃ直しますわね。それもいいんです。
私がどうも納得いかないのは、「表記の統一」と「句読点のルール」ってやつで直しが出る場合です。あれがね、どうも好きではないんです。
たとえば、前のほうで「私」って書いてたのを、後のほうで「わたし」って書いたら、どっちかにしましょうって言われたりするんですね。
でもね、文章ってふつうは目で読むものですよ。だから、私はひらがなと漢字のバランスを視覚的に取りたいんです。ここを漢字にしようとかひらがなにしようとかいうのは、ただ見た目のバランスで、これが美しいかなって思って決めてます。だから、同じことばは同じ表記! って言われるのはものすごく変だなーと思うんです。統一する必要性がよく分かんないんです。
あと、この文章の二段落目みたいに、句読点とカッコが近い場合。これ、『まちがえてるかもね)。』って直されちゃいます、きっと。でも、私としては『かもね。)』と『かもね)。』と『かもね)』では、それぞれ文のリズムが変わってしまうと思うわけですよ。リズムは大事なのですよ。句読点は、頭の中で読んだときの休符のリズムです。私は自分で思ってるリズムをなるべく忠実に写し取りたいんです! 句読点のルールとかそんなん学校で習ってないし! アぁシ聞いてねーし!
熱いぞ熱いぞ! いいぞ!
まして、「直してないと編集がサボったと思われる」って理由で直されるのはまるっきり納得がいかんのです! や、まあ気持ちは分かるんですけど。でもやっぱさあ。ねえ。
あー小説家でもないくせに言うことは一人前だねこの子は。でもいいんです。ここは私の庭。
表記の統一とか句読点がどうのとかいうのは、大きな油絵のすみっこの3ミリ角くらいのところを範囲指定して「ここはどういう理由でこの色なんですか?」って言ってるようなもんだとおもうのです。そんなん書(描)いてるときの本能的なアレだもん、なかなか言葉にできるもんじゃねえス。明らかな誤字はともかく、文章ってもっとてきとうでいいと思う!
まったく文章のつながりがないですが明日はトークイベントです! がんばりません!!


しゃしん:京都の旅館の金属札です。

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