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おしゃれ親分 第1回 「おしゃれ親分あらわる」

すいません、おしゃれで。ほんといつもすいません、おしゃれのことばかり考えてて。(だったらもう少しいい服を持ってるはずだよね)
私はとってもおしゃれ親分なものですから、髪型をどうしたらいいのかいつも困っているのです。その悩みがここのところたいへん顕著でございまして。
というのも、そう、私はもうすぐ30になるのであります。誕生日が大好きな私(過去記事参照)にとって、30になる誕生日というのはこりゃもう人生を賭けた上を下への盆と暮れがいっぺんに来たような騒ぎです。(日本語の乱れ)
ですから、……という接続詞も変ですが、前々から、20代でしかできないような、奇抜な髪型で20代を終えたい。と願っておりました。
しかし、「20代でしかできない髪型」というのが意外と難しいのです。
かつては「坊主にしてやろう」と思っていたんですが、坊主にした1か月後がどうにもアレンジしようがないいがぐり頭になってそうで怖いので、却下。
で、パッと「金髪はどうだ」と思ってみましたが、最近は箭内道彦をはじめとし、金髪豚野郎の中年はそこらじゅうに転がっております。ちょっといま男子の金髪豚野郎しか例が浮かばないけど、40代女子の金髪ショートというのはさほど違和感がない。40代でできそうなことを今やってもなあ。と、却下。
じゃあ、金髪以上の奇抜さを狙って青だの緑だのピンクだのはどうだ。となると、私は別にパンクスになりたいわけでもないし、奇抜さは文句ないけれども、そもそも青やピンクにしてみたいかというと別にやりたくない。死ぬときに「あー一度くらいピンクの髪にしておけばよかった」とはたぶん思わない。却下です。
じゃあ、色はおいといて、純粋に髪型で考えてみると、今はもうセミロングを超えてロングである。正直、ここまで伸びると切るのがもったいないという気持ちが生まれてくる。ショートとロング、10年20年後に似合うのはどっちかといったらそりゃもちろんショートである。それに、今、ずいぶんがまんにがまんを重ねてここまで(といっても乳首にも届かない程度だけど)伸ばしてきたものを切ってしまうと、もう人生二度とここまで伸ばすことはないような気がしてくる。となると、20代のうちはロングにしておくべきだという結論になる。それでは今と何の変わりもない。
考えれば考えるほど、奇抜な髪型からは遠ざかり、いまのでいいじゃん、という結論になってくるのでした。違う、そうじゃない(鈴木雅之)、斬新な頭で20代を終えようってあれだけ思ってたのにこの体たらくはなんだ、と自らに鞭打つも、これもダメあれもダメと考えあぐねて何を狙えばいいのか分からなくなり、悩みぬいた末に今日のお昼に私がかけた電話「はい、○○です」「あ、××(本名)です」「あ、どうもーお久しぶりです」「あの、金曜に予約をしたいんですけどー、えーと、その前に、今日の夕方くらいって空いてますか」「3時だったら空いてますよ」「あのぉ……髪型が、いくら考えても決まらないので、とりあえず相談だけしに行きたいんですけど……」「あ、いいですよー。じゃあ3時にお待ちしております」
はじめて、相談だけのために行ってみました。だいぶ前から行きつけにしておいてよかった。
奇抜にしてみたいと言ったら「金髪アフロはどうですか」と本気で言われて、いや、そこまでは……と、自分のプランをいろいろと言ってみた結果、「そんなに奇抜じゃないじゃないですか」という反応。
そうなんですよ、なんかけっきょく、やってみたい・且つ・似合う・且つ・奇抜、が、なかったんですよ。私の限界だ。
数十分の相談の結果、髪型は見事決まり、いまはその固定案から浮気しないように自分の意思をしっかり画鋲止めしている最中です。
いろいろ話しあっていて頭に残ったことメモ。「あれもしたいこれもしたいと思っても、一気に全部はできないんだから、何回も髪を変えればいいんですよ」「そんなに坊主にしてみたいなら一度やりましょうよ(といって、坊主にするまでのプランなどをいろいろ練ってくれた)」「だんだん短くしていくというのもおもしろい」「(坊主の1か月後が困るという話をしたら)そうやって、先のことを考えると何もできなくなるから、まずはやっちゃえばいいんですよ。やってから考えればいいんです」
しかし、なんで私はそんなに坊主にしたいんだろうね?


パンの山が、私の周りでも反応がよく、この日記のコメントでもどうやら人気を得ているようで、私はうれしいです!! がんばれパンの山(深尾光彦)。雑誌「相撲」で、親方に「稽古が足りない」と言われているパンの山。稽古たっぷりしてまずは十両昇進してください!


しゃしん:若草堂の隅にあった箱が気になる。上から、じい様おばあ様母様父様。おばあ様だけ「お」が!!