春は梅

nomuch2008-03-09

梅を観にいってみた。
わたしは花見では桜よりも梅のほうが好きです。桜の花見はお酒を飲むことがメインになってしまっているから桜が少しかわいそうだ。梅はつつましやかに咲いていて、お酒を飲んでどんちゃんやるような雰囲気にさせない。お、春が来ましたね、と、梅の前ではだれもがよい老人になってしまう。そこがいいです。
毎年毎年、気づくと梅の季節は終わってしまってる。はるかむかし大学時代に、ひとりぐらしのアパートの近くで、実家よりも田舎っぽい郊外の畑の中をぶらぶらしていたら梅の木がいくつも花をつけているのを見つけて、あ、梅っていいなあ、っておもった。それに勝る梅を見ることはきっともうムリなんだけど(状況の比重が大きいから)、いつも春になると、いい梅を観にいきたいなあ、と思うんです。今回はきちんと意識して観にいけたべさ。やったね。
で、わざわざ越生梅林まで行ってみたのですが、越生梅林はおもったよりも規模が大きくて、でもふんいきははてしなくゆるくて、梅の木の下でひとりおじいちゃんが寝ていたり(絶対地元の人だ)、金魚すくひ(看板の文字ママ)に子どもが駆け寄っていったり、とてもよかった。これが梅です。桜ではなかなかこうはいかない。梅林としてきちんとお金を取って見せている園のほかにも、道沿いにごくふつうに梅がたくさん植わっていて、それもほんとうにいい。あと、越生の駅のふんいきもとてもいい。あの駅、絶対に建て替えないでください。おねがいします。ものすごい古いってわけじゃないんだけど、古いものを直し直しして、そんなにボロくないように見せて使っているのがとてもいいです。これがロハスだろ。
桜でいいのは、たくさん咲いているところよりも、1本だけでーんってあるところがいいです。田舎の駅とか、ね。わたしが忘れられない桜は、まだ中学生くらいのときに自転車で実家の市内をぶらぶらしていたら、ものすごく田舎の方にずどーんと大きな桜が1本あって、それは特に銘木指定などは受けていないのだ。でもずどーんなのだ。それがほんとうによかったです。誰も見ていなかったし、わたしがひとりじめした。
あとね、阿佐ヶ谷団地のほうの善福寺川もすごくいいです。人があんまりいないから。あれをあじわったら上野の桜なんて見に行く気にならない。上野にすこし同情してしまう。
梅とか桜とかのこと書いちゃって、もしかして枕草子じゃね? やっべオレ清少納言に近づいてね? いいなあ、このかんじ。「目標とする人はだれですか?」っていわれたら「清少納言」って言おうかな。枕草子もべつに読んでないけど。読もうかな。めんどくさいから現代語訳で。


しゃしん:梅の写真はまだとりこんでないので、島の写真のつづき。たぶん廃校。近寄れなかったので詳細不明。
pvメモ:650505

広告を非表示にする