いろぞね第一部

しつこいようですが、本が発売しているみたいなので、よろしく……。私もまだ書店で確認してません。
長崎旅行の話を書きます。これはもう、義務として書きとめておかねばならん、と思っているのです。あまりにも長いので、3つに分けます。
ということで、第一部。


今回、国内にもかかわらず1週間も行ったのは、じっくり長崎の島をめぐりたかったからです。で、予想をはるかに超えてめちゃくちゃ濃い旅になっちゃったんだけど、全部書けないので、いちばん濃かった1,2泊目の宿のことだけを書く。
その宿は、着いてから聞いて知ったのだけど、なんと土日は営業してないらしい(旅館なのに!)。宿のあるじ夫婦はもう年金生活だし、釣りの方が本業なんで宿は片手間らしくて、あんまりお客が増えても困るみたいなので、島の名前も伏せさせてください。それと、当然ながら下に出てくる名前もすべて仮名です。
映画「リアリズムの宿」に出てきた宿がありますよね、あれってダシの味だと思うんです。で、今回わたしたちが泊まったのは、あの宿に砂糖と醤油と唐辛子をどっさりと入れたような宿だったんです。この宿のことをきちんと書くと、たった2泊だというのに本一冊になってしまいそう。少しだけはしょって書きます。

そこは、人口数百人の某島で、唯一の「旅館」。民宿はほかにもあるらしいけど、ネットで調べてもまったく情報が出てこない。唯一ここだけ、泊まったという事実の書いてあるサイトがあったので(しかし旅館自体の情報はほぼなし)、どうにかなるかな、とおもって、事前に電話予約しました。
20コールくらいして、おばちゃんがやっと出た。
「はい」
(え? 「×旅館でございます」って言わないのかよ)
「…あの、×旅館さんでしょうか」
「…はい(不審そう)」
「あの、予約したいんですけど…」
〜中略〜
「じゃあ、2泊でおねがいします」
「あのぉ……商売人じゃなかとですよね」
「は?」
「商売人…」
「?? …えーと、観光なんですけど」
(すると、おばちゃんは「最近は警察がよく来て注意される」「アメリカ人が来て…」「だまされると困るから」などという、どうもつかみきれない主張をした)
「いえ、あの、ほんとに観光です」
「そうですかー、あの、それならよかとですけど、2日も泊まっても、どっこも見るとこないけん…笑」
…とまあ、予約の段階で雲行きがあやしげでした。
さて、この島は観光資源もごくわずかなのですが、いちおうフェリーで渡れます。わたしたち(私・いちのえさん・うさくん)はレンタカーを借りて渡り、住所であたりをつけた旅館の方にやってきました。しかし、詳しい地図なんかあるわけがないので、第一村人のじいさまに聞いてどうにか近くにたどりつく。旅館の前の路地はせますぎて車が入れず、村の幹線道路(とはいえ、すれ違いもギリギリの幅)脇の巨大な記念碑の前に車を停めました。

干拓記念の堂々たる記念碑をふさぐレンタカーの軽。村人がそこに停めろといったから停めたのだけど、そんな大切な物のまえをふさいでいいのかよ。そんなことをとおもいつつ私たちはどぶ板を歩いて旅館のほうへ。すると、路地で、体格のいいおとうちゃんが孫とキャッチボールをしている。おとうちゃんは宿の主人でした。私たちを見るとすぐに客だと気づいたようで(そりゃそうだ、こんなところに顔見知り以外はいないもんね)、ちょっとおどおどしながらも宿に案内してくれた。家と一体化したような、看板がないと絶対に旅館だとは気づかない建物です。
宿にはいると、あのとき電話に出たとおもわれるおかあちゃんが登場。細身で顔のきれいな方。66歳だったっけね。激しい方言で、電話がないから来ないと思った、そのことで夫に責められた、ちゃんと電話してくれなきゃ困る、ということをめっちゃまくし立ててくる。うわー。すいません。客がなんでこんなに責められるのか分からんけど、すいません。
「来ないと思ったとですよー!!」
「また騙されたって、おとうさん(ダンナ)からびゃーびゃー怒られたとですよ!!」
「だから電話番号は聞いとけって言われたとですよ!!」
「ぎゃーぎゃー言われて、あーほんとに、このクソジンジがね、さっきは!!」
と、いらだちは私たち向けなのかダンナ向けなのか、よく分かりません。
ま、でも気持ちは分かる。僻地でほかに客もいないから、もしドタキャンされると食材が全部ムダになるけんね。
宿は味のある…ありすぎる木造2階建てで、テレビがなぜか2コ並んでてデカいほうが点かなかったり、点くほうもチャンネルが3つくらいしか映らなかったり、30年以上前の魚拓が額にも入れずかざってあったり。

障子をはずせば大広間になる和室6帖×2が客室(上の写真)。トイレは当然ながらボットン。猛烈にくさい。廊下のつきあたりにあるのに、部屋までにおいが来る。
到着早々責められまくったり、トイレがくさすぎたりで、すでに私たちは爆笑の導火線に火が点いておりました。もうこの時点で、旅館に客としてではなく、親戚の家におじゃまさせてもらっているきぶん。
「すぐ風呂にしますけん」といわれて、とりあえずお風呂へ。かなり古い家庭風呂。入口が木戸。なぜか風呂に入口が2つある。そのうえ鍵がない。しかも、片方からはホースが部屋外に出ていて、戸が完全に閉まらない。いきなりおとうちゃんに開けられちゃ困るので、入るときに「入りまーす」と台所の方に声をかけておいた。
来てすぐ風呂場を軽く下見したときに、大量にシャンプー状のボトルがおいてあったのが見えたので、シャンプーはあるんだろうな、とおもって入浴時に私は持っていかなかったんです。そしたら、よく見たら、ならんでいるのは
洗剤・洗剤・洗剤・洗剤・リンス・リンス・コンディショナー・リンス・リンス・リンス
なんで!? なんでリンスが! なんでリンスだけがこんなに…
爆笑をこらえながらはじっこまで見ていったら、隅にラベルのない透明のボトルがあって、そこにマジックで「シ・・フ」と書いてある(剥げていてよく見えない)。
シャンプーか!? これはシャンプーでいいのか?
うん、この感じは、すくなくとも洗剤ではあるまい。意をけっしてそれをつかう。……結果としてシャンプーでした。ああ。よかった。お湯の張り方はやけに浅いし、浴槽、ぬるぬるしてるし。おもしろすぎ。
3人がお風呂に入り終えて下に行くと、畳の大広間にすでにごはんが用意されている。というか、冷めている。
いや、ものすごくおいしいんですよ。島だから魚は絶品だし、量も多いし。
ただ、冷めている。
うん、わたしたちのお風呂が長いのが悪いんです。まちがいないです。
大広間には、孫の写真やら、某有名芸能人の写真やら(常連だったらしい!)、おとうちゃんが昔取ったメダルやら賞状やら、いろいろかざられていて、要はここは親戚の家の居間ですね。
とりあえず、いちのえさんがビールを頼む。おかあちゃんは「ここは焼酎はタダなんです」と衝撃的なことをいうので、うさくんが焼酎をたのもうとしたら、「シーッ! おとうさんが来てから!」と。
そのね、さっきから私たちも気づいてたんだなあ、食事が4つ用意されているということには。どうやらおとうちゃんと客人がいっしょにご飯を食べることはここでは当然らしいんだなあ。そして、もはや客人よりもおとうちゃんの方が格が上である。
満を持してさっきのおとうちゃん登場。69歳のシャイガイ。
ま、ある程度は、昔の自慢話だとかを聞かされるのは予想してたのです。それがたいへんな方言で半分くらいしか理解できないだろうということも。
しかし、その話が、7時の夕食開始から11時すぎに及ぶこととか、おとうちゃんの話とおかあちゃんのツッコミが心底おもしろくて爆笑の嵐になることとか、そのへんまでは予想外だったのだよ。


ところでタイトルの「いろぞね」とは何か。次回へつづく。長くかきすぎたからです、すいません。